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りお姉で語るズレとかズレ。 [参姉で語るうんちく]

りお姉です。
リオーネ絵(りおーねえ)とかけてます。

サンバで激しく踊っていると、
知らずの間にズレていることがあって、とても恥ずかしいです。
りおさんば000.jpg
ズレ。
そう、ズレです(逆から読むな)。

アキバの例の事件以降、
その事件を意識したような書き込みが数件。
愉快犯、かまってちゃんばかりで、
日本の警察を嘗めるな(by銭形)ということで、即ご用になってます。

なんで、こんな馬鹿みたいなことが?
色々な意見がありそうですが、
要因の一端を担うのは、テレビの過激な報道なのは確かだと思います。

報道の自由!
ということで、今回の事件もガンガンと犯人の性格、性癖、周辺を報道しまくり。
とすると、どこか共感を覚えるスットンキョウな人が出てきてもおかしくありません。

そもそも報道の自由とかいうものは、国民の知る権利の基にあるなどと言われます。
でも、権利があれば義務というものが存在するのでは?と考えます。
自由に報道する権利があるのであれば、対になる義務はどのようなものでしょうか?

国民の知る権利に応じる義務でしょうか?
それもありえるでしょう。
しかし、それ以上に報道を考える義務が大切なのではないかと考えます。

テレビの放送・報道は基本、垂れ流しです。
しかし、報道した内容でテレビ局が大きなペナルティを課せられることは希のようです。
ニュースなんかで間違った放送があっても、ぺこりと頭下げて、1秒後にはすぐ違う内容を・・・
というのは珍しいものではありません。

テレビのようなに基本一方通行の情報の流れのメディアの場合、
その内容を考えることは非常に重要かと思います。
当たり前のことかもしれません。
そして、放送を考えるということは、「放送をしない」という選択肢も存在します。

女性タレントが飛び降り自殺をした折、狂ったようにテレビが放送しまくり、
結果、後追い自殺の連鎖が始まったことがありました。
結局のこの事象を食い止める最良手段は、報道規制しかなかったのだとか。

情報に囲まれて生きる人間は、昔の情報より新しい情報に強く影響されるようです。
テレビみたいに、常に流れる情報の場合、古い情報は新しい情報に上書きされます。
すると、古い情報の影響力は低下するのは否めない。
だって、ほら、宮崎死刑囚がまだ刑を執行されていなかったなんて・・・
・・・忘れてたというか知りもしなかったですし。
・・・個人的かもしれませんが。

よって、馬鹿げた書き込みを本気でなくすのであれば、
テレビでの報道を「考える」ことが一番最良の方法のように思います。
テレビの影響は、ネットなどとはまた違ったようですし・・・
そこらへん、テレビの関係者と一般の人とのズレがあるのかもしれません。
ズレです・・・
でも、一番ズレているのは私・・・?

・・・りお姉でした。
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